おやすみなさいの扉
子どもと過ごす仕事を経てママとなった今、4歳違いの兄妹との何気ない毎日、親子で出会った絵本の紹介をします。   おやすみなさいの扉をノックしてステキな夢の世界へ出かけましょう。
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ねんね
うるさいくらいの声で鳴き続けていたのに…。

風も涼しく、空も高く、秋の足音がすぐそこまで…なんて思っていたら、ウチのおチビちゃんも秋の訪れを感じていました。

とんきちを幼稚園まで送る道々。毎朝セミの声を聞きながら通っていた木の下、カニの姿を探しながらのぞいていた溝、のんたんにとって夏の思い出がある場所みたい。
セミの声が聞こえないのを不思議に思い、立ち止まって木を見上げてひと言『ミ~ンミ~ン ないね。ねんね、ねんね…』。同じく『カニ、カニ。ねんね、ねんね。』…。

生死の概念、もちろん2歳ののんたんにはなく、先日旅立った祖母の姿も『ねんね、ねんね』と見守っていたほど。おまけにいつまでも目を開けないので『オハヨ~』なんて声をかけたほど…(涙)。
そんなのんたんに対して、私も身近な生き物(ありやてんとう虫なんていう虫たち)が道ばたで息絶えていても『ねんねしてるね。バイバイだね。』とだけいっていたのですが、そのことばがのんたんの中に自然なこととして入っているんでしょうね。

でも、もしかしたら…。いつも見ていた虫の姿を目にしない、耳にしないことで『ねんね』ということばを口にするのんたんは、大人の私とは違った思いで命を理解しているのかもしれませんね。
思いをスムーズに言葉にできない年齢。言葉にできないだけで2歳には2歳なりの思いがしっかりあるんだろうな。そんな本当の思い、ちょっとのぞいてみたくなる母でした(笑)。
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季節の移り変わりも、こういった形で感じますもんね。
なんだか、やっぱり夏の終わりを寂しく感じます。
どんな小さな命でも、やっぱり生と死をちゃんと理解してもらいたい、そう思いますね。
優しいのんたん、きっとママきちさんの言うとおり、のんたんなりに死を理解してくれていると思います。
そして、これからもっともっと深く感じ取っていくと思います。
うちのイオくんも、カブトムシの死骸を見て、「負けた、死んだ。」と言います。
負けた、というのは、カブトムシ同士の喧嘩に負けたことを意味するらしく、それもまたイオくんなりの死の感じ方なのかな~って思います。
ユカチャン | URL | 2008/09/18/Thu 18:18 [EDIT]
ユカチャンさん
ユカチャンさん、こんばんは~☆
大人の私、あまりにも周囲のことを当たり前に感じすぎていて、虫の声が聞こえなくなってきたことをのんたんに知らされるなんてことばかり…(苦笑)。
子どもたち、何も分かっていないようで、実際は大人よりもたくさんのことを感じとっているんですよね。
ことばじゃ表現できないような感性、子どもなりの表現の仕方、正しいことばかりを教えるのではなく、子どもたちの気持ちを認めてあげることも大切ですね。
イオくん、小さいながらにジャングルの掟を知っている感じがします(笑)。
ママきち | URL | 2008/09/22/Mon 23:58 [EDIT]



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